装潢修理技術について

装潢文化財修理の特徴

日本には奈良、平安、鎌倉時代といった数百年から千年以上前の文化財が数多く伝世し、残されています。その多くが絹や紙といった弱い素材で作られているにも関わらず長い間残すことができたのは、適切な時期に修理が繰り返されてきたためです。

大切に守り伝えられてきた文化財を次世代へ伝えていくためには、これからも安全な修理を続けていくことが必要です。

装潢という言葉

「装潢(そうこう)」という語句の歴史は古く、奈良時代の古文書や中国唐時代の経巻奥書の中にも確認されます。「装潢師」「装潢手」という技術者が写経所内で仕事をしていたとされています。経典などの書物を書写するために使用する和紙の染色や紙継ぎ、裁断などが主な職業内容であったようです。

私たちは昭和34(1959)年の設立以来、この語に新たな意味を加え、主に紙や絹を中心とする素材で構成された絵画や書跡といった美術工芸品を「装潢」文化財としました。そして装潢文化財を修理する技術を「装潢修理技術」、その技術者を「装潢師」と称して提言し、活動しています。平成7(1995)年には国の選定保存技術に「装潢修理技術」が選定され、近年では我が国のみならず、国際的にも認知されつつあります。

装潢文化財とは、日本や東アジアの伝統的な姿の書画のことを指し、多くは紙や絹、木材に表裏に墨や顔料・染料を色料として描写され、軸装(掛軸、巻子)、幀装(襖、屏風、額、衝立)、帖装(冊子、画帖)といった装丁に仕立てられています。

令義解

『令義解』職員令図書寮条

典型的な傷みの原因

装潢文化財を構成する材料の多くは紙や絹、木材などの有機物です。これらは適切な保存環境にあっても少しずつ変化し、時間の経過とともに物理的な強度が弱くなっていきます。それに加えて劣化を進めるような要因が加わると、穴が開く、裂ける、剥がれる、絵具が落ちる、といった損傷につながります。

多くの場合、原因は一つではなく、様々な要因が複合的に発生して劣化・損傷が引き起こされます。損傷が進み、文化財の価値が損なわれてしまう前に、日ごろから保存環境を整え、状態を知ることが大切です。

  • 経年

    本紙(絹・紙など)の経年劣化

    紙や絹、木材などの有機物は長い時間の中でしなやかさを失い、硬く脆くなっていきます。これは避けることのできない変化(経年劣化)ですが、およそ50~100年に一度、本紙を支える裏打紙を取り替える等の修理を行い、適切な容器に保存することよって、何百年、千年といった時を乗り越え、将来に受け継ぐことが可能になります。

    接着剤(小麦でんぷん糊、膠など)の経年劣化

    顔料を固着させている膠や、本紙や裏打紙を接着している小麦でんぷん糊も有機物であり、経年によって分子量が小さくなり接着力を失っていきます。これが絵具層の剝落や料紙・料絹・裏打紙の浮きといった損傷につながります。そのような損傷が起きる前に膠を足し、新しい糊で裏打紙を取り替えることで接着強度を保つことができます。

    この自然に接着力が弱まるという現象を利用して、本紙に過度な負担を加えずに裏打紙を取り替えることができるという利点もあります。小麦でんぷん糊の接着力が弱まるのが50~100年ですので、この間に修理するのが適切であるとしています。

  • 温湿度の変化

    紙や絹、下地に使われる木材、接着剤は温度や湿度の変化によって伸縮します。日本は季節や朝晩で温湿度が大きく変化します。温湿度変化の影響を受けやすい環境に置かれると、吸湿と乾燥の繰り返しに伴う伸縮に本紙が耐えきれなくなり、剥がれる、断裂する、絵具層が剝落するといった損傷が発生します。

    これは絵具層と料紙・料絹、料紙・料絹と裏打紙、下地と下貼り紙といった異なる材料の境界で、それぞれの伸縮率が違う場合によく発生します。襖や屏風のしかみ、断裂、板絵の反りなどは温湿度変化による典型的な損傷です。急激な温湿度の変化は文化財にとって大きなストレスになり、結露の原因ともなりますので保存環境には配慮が必要です。

    ※ 紙や絹、木材の場合、温度20℃程度、湿度が50~60%RHが望ましいとされています。(金属や漆などの最適温湿度とは異なります)

  • 水に濡れた場合、水溶性の汚れが移動することによる染み、色料のにじみ、紙の固着、変形や破れが生じます。

    濡れたままの状態にしておくと、カビが発生するなどの微生物による分解が進んでしまいますし、急激な乾燥は変形や崩壊といった大きな損傷を招きかねませんので、水損した場合の取り扱いには注意が必要です。

  • 虫・動物

    紙や絹、糊、膠など装潢文化財に使われる天然素材は虫が好む材料です。虫の種類によって食べ方も様々ですが、冊子や軸を貫通するように穴が開いたり、表面をなめるようにかじられることで本紙が欠失します。

    また虫や動物の排せつ物による汚れやそれを起因とするカビもよく見られます。虫が生存していると他の文化財へ移動する可能性がありますので、新規に文化財を収蔵施設に入れる場合は事前に燻蒸するなど、文化財の保存施設内は定期的に点検する必要があります。

  • カビなどの微生物

    カビなどの微生物は、菌糸による汚損だけでなく、文化財を腐敗させることもあるため物理的な破損にもつながります。またカビを放置すると、カビを餌とする虫を誘引してしまいます。カビは一般的に湿度が60%RH以上の環境であればどこでも発生する可能性があり、文化財そのものや埃、手垢などが栄養源となります。一度発生すると、胞子が拡散して被害が広範囲に及ぶ可能性があるため、発見した場合はすぐに隔離します。被害の程度によって燻蒸やクリーニングを行いますが、効果は一時的ですので、日ごろから結露などが発生しないように注意し、掃除することで栄養源となる埃等を防ぎます。

    また、カビは人体に入るとアレルギーや感染症等を引き起こすことがあるため、除去作業をする場合には、必ず防塵マスクや手袋等を着用し、換気を徹底します。

  • 光に晒されることで、焼ける、褪せるといわれるような変退色や紙が脆くなるような物理的な強度低下が起こります。また光は熱を発生させ過乾燥にもつながります。日光だけでなく、紫外線・赤外線を発生する照明器具には注意が必要です。

  • 使用によるもの

    掛軸や巻子を解いて巻く、冊子をめくる、折りたたまれた本紙を開く、といった動作は展示などの活用のために不可欠ですが、文化財に負担をかけることにもなります。特に劣化が進んでいる場合には、物理的な力がかかりやすいところで折れや裂けといった損傷が生じます。また開閉時の擦れや、使ううちに手垢などの汚れも付着します。移動時や展示中に人やものと接触し事故的に破損するケースも見られます。正しい知識を持って文化財を取り扱うことが大切です。

  • 材質由来によるもの

    • 酸性紙
    • 酸化によるもの(例:緑青、没食子インク、銀、鉄、紙に含まれる鉱物によるフォクシング(錆)、等)
  • 災害による被害

    水害、地震等の天災の場合、被害が広範囲で、状態も深刻になります。緊急的に大規模な措置を講じる必要があるため、被災地域をフォローするためのプロジェクトチームを立ち上げて、専門家が協力し保存修理が進められます。

  • そのほか

    そのほかにも、火災や塩害、ほこり、粉塵、排ガスなどによる汚染物質が劣化の原因に挙げられます。

文化財の構造

装潢文化財の多くは、書画が描写された作品そのものである「本紙」と、それを支え保護し装飾する「装丁」に分かれます。装潢修理技術では、装丁より本紙を安全に取り外し、損傷の要因を取り除き、弱っているところを補強・補填し安定させて、再構成します。

  • 掛け軸の構造と名称

  • 屏風の構造と名称

  • 巻子の構造と名称

  • 襖の構造と名称

「修理」とは何をするのか

装潢文化財修理の原則・理念

修理とは、脆弱になった文化財を解体して様々な手を入れる非常に危険な行為です。したがって修理を施さなければならないという状況に至ったときに、文化財の価値を損なうことのない方法で必要最小限に実施されなければなりません。

そのため、私たちは修理をするときに次のような原則を大切にしています。これは今までの文化財修理の歴史の中で培われた概念であり、文化財保護法に則ったものでもあります。

国装連の修理技術者はこれらを修理の倫理として身に付け、所有者や専門家と十分に協議をしたうえで非常に緻密な精度の修理を実践しています。

  • ・文化財がもつ情報並びに文化財が持つ価値を減じない
  • ・線や色など表現を加える行為をしない
  • ・損傷の要因となるものや保存上妨げとなるものを取り除く
  • ・保存上および鑑賞上妨げにならない材料で補修・補填する
  • ・本紙と補填した箇所が区別できる
  • ・次の修理時期に再度修理が可能な材料と技術で修理する
  • ・修理の方針、調査、処置、材料を記録に残す

※上記は現時点での考え方ですので、よりよい修理のあり方を模索する中で理念が変わっていく可能性があることも忘れてはなりません。

同質の材料で補修する

本紙の欠損には、紙本であれば紙を、絹本であれば絹を補填し本紙の層に凸凹がないよう整えます。この時補填する材料は、修理前の調査を踏まえて料紙・料絹と同質のものを製作し使用しています。この「同質」のものを作るということへのこだわりは近年飛躍的に高まっており、保存の観点はもちろん、鑑賞上や作品を学術的に理解する上でも重要となっています。

紙本であれば事前に料紙の繊維の組成を同定し、料紙と同じ原料(楮、麻、雁皮、竹等)や填料を使用して補修紙を製作し、必要に応じて染色や、打ち紙といった加工まで再現します。(現代では入手できない材料や保存上の観点から別の材料が採用されることもあります。)

絹本の場合は料絹の経糸、緯糸の太さ、目の詰まり具合などが出来るだけ近い絹織物(絵絹)を用意します。しかしそのままでは本紙との強度に大きな差があるため、電子線により強制的に絹を劣化させた電子線劣化絹を使用しています。

過去には古道具店や骨董店等で仕入れた別の表具や冊子などから補填の材料を調達していた時代もありましたが、広範囲の補填には足りない場合や、元の表具や冊子を破壊することにもなるため、現在はほとんど行われていません。

 
  • 電子線劣化絹製作作業

  • 劣化絹による補絹

  • 補修紙による補紙

 

裏打紙を取り替えることの重要性

掛軸などの形に仕立てられた文化財は、本紙の裏に本紙を支えるための裏打紙が施されています。この裏打紙があることで本紙が守られ、巻く、広げる、移動するといった取り扱いができるようになります。修理ではこの古い裏打紙を除去し、新しいものに取り替えます。

裏打紙は層ごとに役割がありますが、中でも本紙に直接貼り付ける肌裏紙は、本紙を一体となって支える大切な役割を持っています。したがって本紙にしっかりと貼り付けることが肝要ですが、その分、修理の際に本紙を傷めずに前の肌裏紙を除去することは簡単ではありません。特に本紙が非常に脆弱な場合や、絹本絵画の本紙裏面に裏彩色がある場合、肌裏紙の劣化が進み泥状になっている場合などでは、一気に肌裏紙を除去することは大変危険なため、本紙の表面を養生したうえで、裏面から少しずつ濡らしながら旧肌裏紙を除去します(乾式肌上げ法)。この作業は非常に繊細で地道なもので、一日に手のひらほどしか進まないこともあります。

この手法が確立される前の従来の修理では、肌裏紙のすべての除去が困難なものや取り替えない判断をすることが多々ありました。しかし劣化した肌裏紙のままでは、本紙を支えるという裏打紙としての役割を果たせず、本紙の糊浮きや折れなどの損傷の原因となってしまいます。結局近い将来にまた修理を行うことになりかねません。したがって私たちは、時間がかかっても基本的にすべての肌裏紙を除去することにこだわっています。

乾式肌上げ法は装潢修理技術を突き詰めていく中で先輩方がたどり着いた重要な技法の一つです。今では修理において核となる技術であり、そして今後も改良を重ねていきます。

調査と記録

繊維検査

修理前には文化財の綿密な調査を実施し、写真撮影やカルテに記録します。肉眼による観察だけでなく技術者自ら、顕微鏡観察や、さらに赤外線、エックス線撮影、時には紙の繊維組成分析、蛍光エックス線分析なども行って、現状を把握します。その情報を元に所有者や専門家と協議をして修理方針が決まり、ようやく修理を実施します。修理中も何を使ってどのような処置をしたか、常に記録します。下書きの描線や裏彩色の技法など修理中にしかわからない情報が見つかることもあります。そして修理が完了するとこれらの情報をまとめて修理報告書を作成し、所有者にお渡しします。

このような取り組みは近年になって行われるようになったことで、今、私たちが修理する文化財のほとんどは前回の修理の記録がありません。以前の修理がいつ行われ、どのような内容であったのかを知ることができれば、より繊細な判断と施工が可能になるはずです。

修理が終わった後、保存されている期間や次の修理の際の参考になるよう、未来のために私たちがとても大切にしている作業です。

どのような技術で「修理」するのか

装潢修理技術とは

私たちが行う修理では、装潢修理技術を用います。装潢修理技術とは、伝統的な表具、経師の技を土台として、修理に特化して発展したもので、現代では科学的根拠、学術的知見、そして世界的な基準での文化財保護の倫理に照らして日々研鑽を積んでいます。伝統的な技術には、その技術を用いて修理が繰り返されてきたことによって文化財が伝わってきたという確かな裏付けがあります。そこに今日の科学的成果を加えて装潢修理技術として独自に展開しています。

文化財の価値を損なうことなく未来に残すためには、確かな修理技術の実践とともに、その文化財が継承されてきた形状、風合い、品格、用途等、様々な状況を考慮することが必要です。

選定保存技術とは

文化庁では文化財を保存するための伝統的な技を「選定保存技術」として選定しています。国装連は「選定保存技術」の選定保存技術保存団体に認定されています。

これにより補助金の助成を受けて研修会の実施、技術者の養成、記録の作成等の各種事業を展開しています。

”文化財保護法では、文化財の保存のために欠くことのできない伝統的な技術または技能である「文化財の保存技術」のうち、保存の措置を講ずる必要のあるものを「選定保存技術」として選定し、その保持者や保存団体を認定する制度を設けています。この制度は、文化財を支え、その存続を左右する重要な技術を保護することを目的としており、技術の向上、技術者の確保のための伝承者養成とともに、技術の記録作成などを行おうとするものです。”

(文化庁作成 文化財を支える伝統の名匠 パンフレットより)

修理例

  • 重要文化財 二条城二之丸御殿障壁画 紙本金地著色 松鷹図(京都市所蔵)

  • 重要文化財 開拓使文書(北海道所蔵)

  • 重要文化財 紙本著色藤原元真像≪佐竹本三十六歌仙切≫(国(文化庁)保管)

  • 国宝 キトラ古墳壁画 白虎(国(文化庁)保管)

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